非常的日常

日常は常にあらず

さよなら1歳、おめでとう2歳

もう2週間以上経ったてしまったけど、ついにうちの子も2歳になった。
誕生日前の2ヶ月ぐらいはいつもあっという間で、ゆっくり感慨にふける暇もない。
2歳おめでとう!と心から思うと同時に、ああもう1歳のこの子には二度と会えないんだ、と思ったりする。
毎日毎日見ているのに、それでも成長が早くてびっくりするぐらいだから。

3ヶ月前の前回の記事では「にた」「なな」だったみかんとバナナは、今ではちゃんと「みかん」「バナナ」と言えている。

「ぱぱ、おちごと(お仕事)、いっちゃったよー」とか、「まま、いっちょに(いっしょに)、ねんねちよー」とか、もうそんな高度な言い方ができるようになったの!と驚かされる日々。

でもまだ舌足らずで、言うこと聞かなくて、やることなすこと全部可愛い(笑)
もしかして今が一番可愛いのだろうか…いや、何歳になってもきっと可愛いと思うけど。

だけど大きくなったら3歳より前の記憶はなくなってしまうよね。
こんなに毎日一緒に過ごして、楽しくて、心も言葉も通じてるのに、忘れてしまうんだね。
それがとても寂しく感じる。

昔、生活苦で心中しようとした母子家庭の母親が、眠っている娘の顔が「赤ちゃんの時と同じ顔をしていたから」殺せなくて踏みとどまったという話をテレビで見た。

私の両親も、私が大きくなってから寝ている時に「小さい頃と同じ顔してるね」とこっそり言っていたことが何回かある。
(私は目を瞑っていたけどまだ寝てなくて聞こえた)

子供は3歳より前の記憶は忘れてしまうけど、親はきっと3歳までの記憶を糧にその後の人生を生きていくんだな。
その記憶があるから、反抗期もその後もがんばれるんだな。
だから子供は何歳になってもきっと可愛い。

親になるってそういうことなのかもしれない、とふと思ったりした。